天下無双の究極遊戯

Vtuber戦国時代を斬り進む尾張の女武将

具なしのミネストローネ

「これは、どういう事でしょう……」

目の前に置かれた器の中身を覗き込みながら、児嶋は困惑したような声で尋ねつつ、正面に腰を下ろした雛芥子の笑顔を上目で窺った。

「どういう事もなにも、ミネストローネだろ」
「ですが……」

見下ろしたスープ皿の中身は確かにミネストローネだが、そこにはただ赤い水面が張られているだけで具の類が一切見当たらない。
件のカウンセラーに纏わる捜査が一区切りしたからと、珍しく雛芥子の方から食事の誘いを受け、児嶋は指定されたイタリアンレストランへと出向いたわけなのだが、何故だか運ばれてきたミネストローネは先述した通り、具材となる野菜が一切見当たらず、単なるトマトスープとしてそこに鎮座している。
雛芥子の様子から察するに、レストラン側の不手際という事ではないらしい。
つまりは意図的に出されたものであると察した児嶋は思わず肩を小さく竦めたが、このような仕打ちを受けなければならないのは何故か――まったく見当がつかなかった。

「僕には嫌いな野菜などありませんよ」
「……だろうなァ」

どうやら勝手に偏食扱いをされて、具材を抜かれたわけでもないらしい。

「……これじゃあ、トマトスープです」

と、その時である。
再び二人の席へと現れた店員が、有無を言わさず児嶋の前へ、今度はカップに入れられたコーンポタージュ、それから三杯分ものコーヒーを並べ始めたので思わず目を丸めてしまう。

「ひ、雛芥子さん」
「ん~?」
「一体、どういったメニューを注文したんですか」

すると雛芥子は今まで浮かべていた不自然なほどの笑みを途端に引っ込めてしまうと、テーブルを挟んで向かい側に座るこちらの顔をじとりとねめつけ、お前はどこまで察しが悪いんだと吐き捨てるように呟いた。

「今更ながら、俺の気持ちを味わってもらおうと思ってな」

言いながら彼は、顎をくいと振ってさっさと食事を始めろと促してみせる。

「雛芥子さんの気持ち、ですか……」

具なしのミネストローネ、コーンポタージュ、そして謎めいた三杯のコーヒー。
言われるがまま、まずはコーヒーをとカップに唇をつけた瞬間、ようやく児嶋は並べられたメニューの真意に辿り着く。
要するにこれは、雛芥子なりの意趣返しなのだ。
事件の際、児嶋は空腹を訴える雛芥子に食事を与えてしまうと石沢のように不可解な死を遂げるのではと食事制限を強いた。
液状のもの、要するに流動食であれば脱水症状や栄養失調をとりあえずは凌げるだろうと考え、児嶋は彼が食事を欲するたびにコーヒーやスープのみを与え、固形物の摂取を徹底的に禁じたのだ。
正体不明の化け物に食欲をコントロールされた状態での摂生が相当に堪えたのだろう。
雛芥子は依然、仏頂面を浮かべたまま、児嶋がコーヒーを啜る様を静かに見守っていた。

「ええと、なんとお詫びをして良いのやら……」

まず一杯目のコーヒーを飲み干し、今度はコーンポタージュのカップへと口を付けながら児嶋はその眉尻を下げ、どうしたものかと逡巡する。
正直な話、一度にこれだけの流動食を口にするとそれなりに腹は膨れてしまうのだ。
もし彼が自分に耐えがたい飢餓を体験させようと目論んでいたのだとしたら、それはまったくの見当違いな作戦であるのだが――。

「あの、雛芥子さん……」

どうすれば機嫌を直してもらえるのか。この際、直接聞いてみるべきかと口を開いたそのとき、ふと雛芥子の表
情が、ほんの少しだけではあるが和らいだ。

「夜中に食ったゼリーは美味かった」
「……え?」
「夜食代わりに出してくれただろ」

恐らく、韮崎の元を訪れる前日の夜のことを言っているのだろう。
夜中に雛芥子が食べ物を漁らないよう見張っておく為、児嶋は休息を取らずに夜を徹して仕事に打ち込んでいたのだが、案の定ひと悶着あったのち、何故だか雛芥子も徹夜すると言い出したので常備していたクラッシュゼリー飲料を与えたのだ。
市販品であるあのゼリー、そんなに美味な代物であっただろうかと児嶋は首を傾げてしまう。

「あのゼリー、お好きなんですか?」

確かに不味くはないと思うが、あれを好物だと言ってスナック菓子代わりに飲用する人間を生憎と見たことがない。
雛芥子は警察官という職業柄、ああいった栄養補助食品を口にする機会も多いだろうが、まさかそれを主食にはしていないだろうなと、別の不安が胸を過る。
が、しかし。どうやら見当違いの事を児嶋は考えていたらしい。

「……お前ってホント、どんだけ鈍いんだ」

よくそれで精神科医が務まるなと、すっかり呆れられてしまった。

「それとも、わざとか?」

やれやれと首を振る雛芥子の表情に、先程までの険はない。
しかし、困惑したような、それでいてどこか優し気な微笑が浮かべられていたのだが、その真意を児嶋は汲み取ることが出来ないまま、児嶋は今度、具なしのミネストローネへと手を付けたのであった。