天下無双の究極遊戯

Vtuber戦国時代を斬り進む尾張の女武将

今夜の夜食は激辛がいい

大下は、赤く染まった自身の頬を隠すように深く俯いていた。
――快気祝いに好物を馳走してやる、と。
少し遅めの昼食を取るべくデスクを離れようとした午後三時、隣席の鷹山にそう誘い出されて辿り着いた場所は、スーツ姿の中年男性二人が連れ立って訪れるに相応しくない、甘い香りの充満するケーキバイキングの店であった。

「大下クン、甘いもの好きだったでしょ」

目の前の男はというと、店の雰囲気におよそ相応しくない自らの体躯や服装をまるで気にしていないのか、皿へと取り分けたチョコレートケーキを笑顔で口に運んでいる。
ギャンブルに興じる際は周りの視線を気にして伊達眼鏡を装着するような男が、なぜ今はなんの恥じらいもなく堂々としていられるのか。
その心理状態がいまいち理解出来ず、こみ上げる羞恥も相俟ってか折角の奢りであるというのにフォークを握りしめた手は進まないまま、大下は未だ顔を上げられないでいた。
店に足を踏み入れた瞬間、向けられた店員が浮かべた戸惑いと驚愕。そして着席した時に突き刺さった女性客たちの好奇の視線。
居た堪れないとはまさにこの事であると思い知らされ、好物の甘味にありつくよりも今は一刻も早く逃げ出してしまいたいという感情の方が圧倒的に強い。

「……大下クン、食べないの?」

ようやくこちらの様子がおかしい事に気が付いたらしい鷹山は、今更ながらにその異変を指摘したものの、

「いらないなら、貰っちゃうけど」

などと言いながら、大下が取り分けたショートケーキにまで自らのフォークを突き立てた為、慌てて顔を上げ抗議を口にした。

「いらないとは言ってないだろう」
「じゃあ、早く食べちゃいなよ。帰ったらまた始末書三昧なんだから」

半ば呆れたように促され、それもそうかとようやく意を決した大下は握りしめたフォークの先を生クリームの塗られたスポンジへと沈め、その欠片を口へと運ぶ。
広がる甘さが、疲労に満ちた全身へと染みわたる様な感覚。
やはり糖分というものは人間にとって必要不可欠な要素であるなと実感していると、鷹山の真っすぐとした視線とかち合った。

「……なんだ」

眼差しの意味を尋ねれば、鷹山はフォークをその口端に咥えたまま、実にしまりのない緩んだ笑顔で返答する。

「ついでに今晩の夜食も買って帰ろうか。なにがいい?」

通常業務のみならず、例の事件の始末書及び報告書の作成を抱えた自分たちが恐らく今夜は自宅に戻れない事を早々に悟ったらしい彼は、既に夜食の心配をしているらしい。

「オマケに御馳走しちゃうよ」

どうやら夜食代も彼が払ってくれるようだ。
さて、なにが良いだろう。
ショートケーキを口へと運びながら、大下はしばし思案する。
脳を働かせる為にはやはり甘いものか、はたまた丼物や麺類などの腹持ちするものの方が適しているだろうか。

「……アレがいいな」

その時、大下の脳裏に浮かんだもの。
それは、半ば強引に鷹山宅にて食べる事となった、インスタントのカップ焼きそばである。

「事件の時、お前と食べたアレがいい」

激辛が売りらしいあの焼きそばであれば、腹にも溜まるし目も覚めそうだ。
しかし、当の鷹山はあまり乗り気ではないようで、

「甘いモンいっぱい食べた日に、あんな辛いやつ食べるつもり?」

お腹壊しちゃうよ、と彼は付け加えたが、大下は頑として譲らなかった。

「構わない、今日はあの焼きそばを食べると決めたんだ」
「……君がそう言うならいいけどさ」

実のところ、大下はあの焼きそばが密かに気に入っていたのだ。
普段は寮で食事をし、他の刑事と違ってコンビニでの買い食いも避けている故、なかなかああいったカップ麺を口にする機会がなかったのだが、あの時の味を忘れられず、いつかまた食べる機会が訪れないものかと心待ちにしていたのはここだけの話である。

「そっか。じゃあ俺も今夜は焼きそばにしとくよ。大下クンがそこまで言うなら仕方がない」
「別に、俺に合わせる必要はないだろう」
「そう言わずにさ、仲良く食べようよ」

こうも屈託のない笑顔を向けられては、頷くよりほかはない。
この男、刑事よりも営業職や接客業の方が向いていたのではないだろうかと密かに思いを巡らせながら、大下は最後の一欠けらとなったショートケーキを口にした。