天下無双の究極遊戯

Vtuber戦国時代を斬り進む尾張の女武将

消えない衝動

とある閑静な住宅街で突如巻き起こった爆発事件の被害者に児嶋がいると知ったのは、病院を訪れるほんの数時間前の事だった。
発生から約一週間。ようやく容体も安定し、口もきけるようになったというので鷹山は事情聴取を行うべく入院病棟を訪れたのだが、彼の担当医、そして看護師の様子がどうにも奇妙なことに気が付いてしまう。
まず児嶋本人から直接話を聞く前に、彼らからある程度の事情を把握しようと声を掛けてはみたものの、皆一様に言葉を濁し、児嶋に纏わる様子をあまり語ろうとはしなかったのだ。
聞き出せた事といえば、命に別状はなく、食事や会話などが問題なく行える程度に回復をしたという身体に纏わる話のみである。
一体、どんな事情があって医療従事者たちが口を閉ざしているのか。
それを確かめるべく、鷹山は数回のノックを挟んだ後、重い引き戸をゆっくりと開き、病室内へと足を踏み入れた。

「児嶋さん、大丈夫?」

そう声を掛けると、ベッド上にて上体を起こした姿勢のまま、ぼんやりと窓の外を眺めていたらしい児嶋がゆっくりとこちらを振り返った。

「鷹山、さん?」

こちらの姿を視認した男の表情に、控えめながらも安堵の色が浮かぶ。

「どうして……」
「現場がウチの管轄でさ。俺が先生の事情聴取担当になったってワケ」

ベッドの傍らに歩み寄り、児嶋の顔を無遠慮ながらもまじまじと至近距離から眺め下ろしてみる。
普段よりも顔色は良くない様子ではあったものの、それ以外の異変は特に見当たらない。
看護師たちはなにを言い淀んでいたのか――定かではなかったが、兎にも角にも話を聞いてみようと鷹山は畳まれたパイプ椅子を持ち上げてそれをベッド脇にて広げると、腰を下ろし、児嶋の顔を見据えたまま早速と事情聴取に取り掛かった。

「爆発の原因が分からなくてね、ちょっと困ってるんだけど……。なにか知ってる事は?」

尋ねると、児嶋はその視線を伏せ、微かに睫毛の先を震わせる。

「……僕は、あの住宅街の地下に居ました」

――地下。現地の捜査員から齎された報告には確か、爆心地は恐らく地下であるという情報が存在していたことを思い出す。

「中の地下牢には、大勢の人が閉じ込められていました。洗脳されているのか、皆裸のまま――」

震える長い睫毛に隠れたその奥で、児嶋の瞳が熱っぽく潤んだ瞬間を、鷹山は見逃さなかった。

「……男女問わず、交わり続けていました」

掠れた声でそう呟いた後、児嶋は自身の口元を掌で覆い、喉からこみ上げる吐き気でも堪えているのか、その上体を僅かに折って小さく震え始める。
地下牢で交わる無数の人間たち。それも男女を問わず重なり合っていたとは、想像するだけで悍ましい光景だった。
一体、彼ら彼女らは何の為にそこで交わり続けていたのか、そして児嶋は何の目的があってそんな場所へ足を踏み入れてしまったのか。
すべてを聞き出すにはなかなか骨が折れそうだと密かに嘆息した、その時である。

「……ッ、は……」

異変に、気が付いた。

「児嶋さん?」

口元を覆う児嶋の指先から零れていたのは、嘔吐を堪える苦しげな呼吸ではない。

「あ……っ」

殺しきれなかった〝興奮〟が、か細く、しかし明確な意思を持って彼の唇からとうとう溢れ零れてしまったのだ。
もしや看護師たちが口を閉ざして打ち明けたがらなかった児嶋の異変とは、この事ではないだろうか。
事件を回想するたび、彼が息を荒げてその高ぶりを露呈していたのだとしたら。

「ッ、これは恐らく……パラフィリア障害です」

熱っぽく蕩けた瞳が、横目で戸惑いを露わにする鷹山の顔をふいに捉えた。

「僕はあの地下で、大勢の人たちが性行為に耽る姿を見ながら恐怖を味わいました」

恐怖を語るには甘すぎる声音が、より一層の熱を帯びて鷹山の耳朶へと絡みつく。
それは、奇妙な感覚だった。
触れてもいない場所をそっと愛撫されているような、身を捩りたくなるほどどろりと溶けた声と視線。
何事にも淡白であった児嶋をここまで豹変させる出来事が、あの住宅地で巻き起こったというのだろうか。

「あの出来事が原因で、僕は恐怖と性欲を結び付けてしまったんです」
「恐怖と、性欲?」
「怖いという気持ちを性衝動に置き換えることで、僕は恐怖から逃れようとしている」

精神科医らしく自らを分析しているその間にも、彼は募る恐怖に心身を押し潰されかけているのだろう。再び伏せた瞳にとうとう涙まで浮かべて肩を大きく震わせた。
燻る熱を吐き出したくて仕方がないと言わんばかりに呼吸を荒げ、高ぶりを隠そうと膝を抱える彼の姿は非常に憐れな反面、ひどく煽情的で危なげだ。
事件の詳細を尋ねるたびにこのような反応を示すのでは、話にならないだろう。
では、鷹山はこれからどうするべきか。

「じゃあ、その性欲が解消されれば少しは恐怖も薄れるかな」

単純な発想ではあったが、他に対処法が思いつかない。
伸ばした指先で涙の滲む児嶋の目元に触れると、彼の体は大げさなまでにびくりと跳ね上がった。

「なにを……」
「先生、ちょっと我慢しててね」

医大を志すような男である。学生時代に同性間で互いを慰め合うなどという下衆な経験はないとは思うが、この状況で彼に女を宛がうわけにもいかない。
かと言って児嶋がパラフィリアに苛まれているという事実を他の刑事たちに吹聴するのも気の毒であった故、ここは内々に処理しておくべきかと、パイプ椅子から身を乗り出し、鷹山は指先で男の細い顎を掬った。

「……っ、あ……!」

逆の手で毛布を払いのけ、彼の下肢に触れてみると、そこは既に興奮の兆しを見せている。
間近に迫った児嶋の熱に溺れた双眸が、より一層の興奮を帯びて激しく潤んだ。
やや強引に下着の中へ掌を潜り込ませても尚、抵抗する素振りはない。
鷹山の突飛な行動を咎められないほどに児嶋は理性を失いかけているらしい。
ただ絶頂を促すだけの事務的な仕草でそこを扱き上げているだけにも関わらず、薄く開かれた唇からはうっとりとした嬌声交じりの吐息が零れ、交わった視線の先にある双眸も恍惚と眇められていく。
その姿を目の当たりにして、鷹山はふと思った。
彼もまた、無数の男女に入り混じり、その肉体を暴かれていたのではないのか、と。
果たしてそれが児嶋の意志によるものか否か。定かではなかったものの、他人の指先に翻弄され快楽を享受する彼の反応は、弄ばれる悦びを知っている者が見せるそれであった。

「ン、あ……!」

ほどなくして、鷹山は熱い迸りを掌で受け止める。
だが、見下ろした児嶋の表情は未だ淫靡な何かに取り憑かれたまま、否――性衝動と化した恐怖に囚われたまま、自我を失ったような虚ろに支配されていた。

「これは、時間が掛かりそうだね……」

安易に手を出してしまった事を今更ながら後悔しながら鷹山は密かに嘆息すると、未だ恐怖のはけ口を求めて身体を震わせている児嶋の唇に、自らの唇をそっと重ねたのであった。